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突撃!体験レポート

教育について

なぜ子どもは勉強しなくちゃいけないの?と質問されても困らないために

日本では小学校・中学校・高校で、主要5教科を軸としたさまざまな教科を学びます。その中で、多くの人がつまずきや挫折を経験します。

「どんな勉強でも楽しくて仕方がないし、やる気も集中力もあって苦労なく100点が取れる」という子どもは、ごくごく稀です。

ほとんどの子どもは、かなり勉強が得意な方であっても一度は苦手な単元などにぶつかったり、それをきっかけに苦手な教科ができてしまったりします。

そのまま勉強自体が苦手になって、先生や保護者から勉強を強要される子どももいます。そのままではいけないと、自主的に努力を重ねて克服していく子どももいます。

でもどのタイプの子どもであっても、勉強でつまずいた経験がある限り、一度は「なんでこんな勉強しなくちゃならないの?」と考えたことがあるでしょう。

かつて子どもだった、ママパパも同様です。「なぜ子どもは勉強しなくちゃいけないの?」と不満とともに疑問に感じたことがあるのではないでしょうか。

「なぜ勉強しなくちゃいけないの?」は難しい質問

なぜ勉強しなくちゃいけないの、という質問は、かなりの難問です。すんなりと自身も子どもも納得できる答えを即答できる人は、多くはないでしょう。

ではどうして「なぜ勉強しなくちゃいけないの?」という質問は、難しい質問なのでしょうか。

 

 

「なぜ勉強しなくちゃいけないの?」という質問に正解はない

「なぜ勉強しなくちゃいけないの?」という質問には、正解はありません。「1+1=2」のように、絶対的で揺るがない答えが存在する問いかけではないのです。

そもそも子どもには勉強する義務がありません。ただし保護者には、子どもに教育を受けさせる義務があります。

そのため日本に生まれた子どもは、親の義務により全員小学校・中学校へ通わなければなりません。そしてそこで勉強をすることになります。

授業をきちんとした態度で受けないことは、他の子ども達の勉強を妨げる行為になるため避けなければなりません。

しかし教科書の内容をきちんと理解し、記憶し、テストに備えて家庭でも勉強をするかどうかは、子どもに判断がゆだねられています。

親がどんなに勉強をさせたがっても、子どもに勉強する気持ちがなければまじめに取り組んでくれません。ヤル気がなければ記憶にしっかり定着しないでしょう。

なぜ「なぜ勉強しなくちゃいけないの?」という質問には正解がないの?

それではなぜ、「なぜ勉強しなくちゃいけないの?」という問いかけには正解がないのでしょうか。

それは、勉強する意味が人によって異なるからということが1つ目の理由です。

そして、勉強するということは、その人の生き方に関わる問題だからということが2つ目の理由です。

勉強する意味は、人によって異なります。自分にとって勉強なんて無意味だという信念があるなら、勉強をする意味はなくなってしまいます。

また勉強をすることや、どんな勉強をするか、勉強をいつまで続けていくかは、人生をどう過ごすかという命題と、相互に大きく影響を及ぼします。

正解のない質問を子どもはたくさん持っている

子ども達は、「なぜ勉強しなくちゃいけないの?」に代表される、正解のない質問をたくさん持っています。親は忙しさに紛れてつい聞き過ごしてしまうこともありますが、こうした質問について考えてみましょう。

正解のない質問をされたことはありますか?

みなさんは、我が子に「正解のない質問」をされたことはありますか?正解のない質問、正解が簡単には出せない質問とは、以下のような問いかけです。

 

・どうして勉強しなくちゃいけないの?
・どうして人を殺めてはいけないの?
・どうして自分の体や命なのに、好き勝手に自傷や自殺などをしてはいけないの?
・どうして嘘をついてはいけないの?
・どうして他人をいじめてはいけないの?
・どうして働かなければいけないの?
・どうして部屋に閉じこもって、やりたい事だけやっていてはいけないの?
・どうしてクラスでビリじゃダメなの?
・どうして人は望まなくても産まれて、生きていかなくちゃいけないの?
・自分が生まれてきた意味って何?

 

一部をピックアップしてみました。

これらの質問を投げかけられたとき、すんなりと答えられるものはいくつあるでしょうか。

人を殺めてはいけないことは、誰もが知っています。でも、なぜ人を殺めてはいけないのか、すんなりと答えられる人は少ないのではないでしょうか。

 

 

正解のない質問の特徴

正解のない質問には、どのような特徴があるのでしょうか。
 
1.【誰もがどうすべきなのかは知っている】

正解のないこれらの質問には、「誰もが本当はどうすべきなのかは判っている」という前提があります。

たとえば、「殺人」は大変重い罪です。警察に逮捕され、法律で裁かれて場合によっては死刑になることもあります。人を殺めてはいけないことを、誰もがちゃんと知っています。

しかし、「どうしてやってはいけないのか」という理由となると、途端に答えに詰まってしまう人が多いのです。
 
2.【多くの人々が不満に感じたことがある】

「嘘をついてはいけない」と我が子にきつく言い聞かせていても、親の自分がつい小さな嘘をついてしまったという経験は、誰もが持っていると思います。

働かなければならないと判っていても「仕事に行きたくないなあ」と、思わずため息が出てしまう朝だってあるはずです。

殺人やいじめなど、誰もが「やってはいけないこと」だと判っている犯罪行為であっても、この世界から一掃されることは難しいでしょう。

そして、親として子どもを育てている大人たちも、子どものころ一度は「どうして勉強なんかしなくちゃいけないんだ」と不満に思ったことがあるのではないでしょうか。

正解のない問いかけは、多くが「誰でも一度は疑問に感じたことがある、不満に思ったことがある」ものなのです。
 
3.【どうしようもないんだということを大人は知っている】

何のために人は生まれてきて、どうして生きていかなければならないのか……なかなか答えは出ませんよね。

それでも大人は、意味を見出せなくても生きていかなければならないのだ、どうしようもないんだということを経験上知っています。

考えても意味を見出すことはできない、でも明日の生活があるから、生きて働かなければならないと判っています。

しかしそれが、子どもの求める答えとは違うことも、やはり大人は判っているのです。判っているからこそ、言葉として答えてあげられないのでしょう。

なぜ子どもは「勉強しなくちゃならない理由」を質問するの?

子ども達も、実のところ「勉強しなくちゃならない理由」が何であろうと、自分たちが学校に通わなければならないことも、勉強をしなければならないことも判っています。

 

 

それでも質問してくるのは、なぜなのでしょうか。

1.勉強がつらい、つまらない、苦手な気持ちに共感して欲しい

子どもが「どうして勉強しなくちゃいけないの」と質問してくるときは、たいてい何らかの理由で勉強が嫌になっているときです。

 

・勉強でつまずいた
・苦手な科目ができてしまった
・頑張ってもテストで報われなかった
・部活や習い事との両立がきつい
・他にやりたいこと(ゲームやSNS・恋愛)があるのに勉強を強いられている

 

他にもいろいろな理由で、子どもは勉強を面倒に感じてしまいます。

そんなとき、勉強をやりたくない、勉強がつまらなくてつらい、といった負の気持ちを親に共感して欲しいと感じます。

そこでつらい気持ちを「なんで勉強なんかしなくちゃならないの?」という質問に乗せて、親にぶつけているのです。

2.つらい勉強を強いられる理不尽を、誰かにぶつけたい

子どもにとって、勉強を「強いられている」と感じるのは、その勉強に意味を見出せないときが多いでしょう。

得意な分野は勉強もはかどりますし、おもしろく感じるため、「勉強を強いられている」といった理不尽を覚えにくくなります。

しかし苦手な教科や分野を勉強するときは、「どうせ因数分解なんて社会じゃ使わないのに」「百人一首なんか覚えて何になるんだよ」と、理不尽さを感じやすくなります。

大人になって就職するために必要なことだけ勉強すればいいのに、どうして自分の得意分野以外のことも学ばなければならないのか、視野が狭いため理解しがたいのです。

思春期に差し掛かり、なんとなく反発したい、反抗したいという気持ちがモヤモヤ湧いてくる時期ということもあります。

イライラやモヤモヤした気持ちをぶつけたいけれど、何にぶつければいいのか判らないとき、子どもは一番身近な勉強へのいら立ちを、一番身近な大人である親にぶつけてしまうのです。

3.少しでも時間稼ぎをしたい

ただ単に、勉強までの時間稼ぎをするために、親へ答えの出ない質問を投げかけてくる子どももいます。

勉強にとりかかることが面倒で、いつまでもグズグズとテレビや漫画を見たり、おやつを食べたりしてみた挙句「さっさと勉強しなさい」と叱られるのはよくあるパターンですよね。

子どもは「早くやりなさい」「さっさと勉強しなさい」など、せかされるとイライラがつのります。

子ども自身もやらなければならないことを判っているので、それを先延ばししている罪悪感を言葉の爪でひっかかれた形になるからです。

大人も、やらなくてはいけないのになかなか腰が上がらずにいた作業などを「早くやって」とせかされると、「今やろうとしていたのに!」とイライラしますよね。

今やろうと思っていなかったとしても、先延ばしにしていたことをせかされるだけで人はイライラしてしまうのです。

4.勉強するモチベーションが見つからずいら立っている

苦手な科目や苦手分野を勉強しなければならないのに、勉強する意味が判らないとモチベーションも湧いてきません。

そのためイライラがどんどんつのり、やらなければならない罪悪感や焦り、面倒さなどがごちゃごちゃになって、勉強することに当たってしまうパターンです。

勉強を何から始めたらいいのか、何が判らないのかも判らないという場合も、イライラするものです。

そんなときも「なんでこんなことしなくちゃならないんだよ!」と言葉にしてぶつけてしまいます。

正解のない「勉強しなくちゃならない理由」に答えてみよう

子どもはいら立ちをぶつけるために、しばしば「なんで勉強しなくちゃならないんだ」という質問をしてきます。

子どもは心の奥で「親と話せばスッキリできるかも」と願っている

子どもは親に反発する一方で、親がスッパリと答えを出してくれたら、イライラでつらい現状を打開できるかもしれない、とかすかに願ってもいます。

正解のない質問は「万人が納得できる正解」が無いのであって、「自分が納得し、心の琴線に触れる答え」に出会える可能性はあります。

正解のない質問は、人生や生き方の根幹に関わる「哲学的命題」と言えます。正解はないので、正解する必要はありません。

だからこそ、我が子と親自身がスッキリとする答えを探してみましょう。

『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』に見る「勉強の意味」

みなさんは『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』(大阪大学ショセキカプロジェクト)という本を知っていますか。

ドーナツを穴だけ残して食べるなんて、バカげた話だと思うかもしれません。しかしこの本では、各分野のエキスパートたちが、全力でドーナツの穴を残す方法について論じているのです。

工学、美学、精神医学、歴史学、数学……実にさまざまな分野から、ドーナツの穴を残す方法、そしてドーナツの穴についての考察が集まっている本です。

ドーナツを穴だけ残して食べることなど、当たり前に考えれば不可能です。でも、「学問の窓」を持っている人々にとって、それは不可能ではなくなります。

勉強とは、自分の世界に学問という工具を使って窓を開けていくことです。

私たちがもし何も学ばずに暮らしていたら、自分で見聞きしたことしか理解できず、狭い了見しか持ちえないでしょう。

しかし国語の勉強をすれば文章を読んで想像力を働かせることを知り、数学の勉強をすれば合理的な考え方と応用する力を得ることができます。

理科を学び、歴史を学び、地理を学び、公民を学ぶことで、自分が存在する「今」を作っているものを知ることができます。

自分しかいなかった狭い世界に、学問によってたくさんの窓を開けていくことで、私たちは社会を知り、多角的な視点や他者への配慮、共感、尊厳などを理解していくのです。

 

 

「勉強」すれば必ず世界は広がるの?

しかし「つまらない勉強」を時間ばかりかけて無理やりやらされているだけでは、世界への窓は開きません。

世界への窓を開くのは、理解し、納得したときの喜びです。新たな知識や考え方に触れることの楽しさやワクワク感が、心に窓をどんどん開けてくれます。

そして窓が開いて世界が変わることが、次の窓を開けるきっかけになっていきます。人は自分の世界を、自分で築いていく生き物なのです。

勉強は自分の世界を創ること!親子で経験を話してみよう

勉強をしなければいけない理由は、ひとつではありません。正解もありません。自分の心がふるえ、勉強をしようと思ったときに自分だけの「勉強をする意味」を知ることができます。

子どもが「なぜ勉強しなくちゃいけないの?」と質問をしてきたら、自身が勉強によって開かれた「世界への窓」や、そこで出会った素晴らしい経験について話してみてはいかがでしょうか。

小学校・中学校で習うのは、ほんのわずかな常識でしかありません。それぞれの学問の、入口をちらりとのぞいて見ただけで、9年間は終わってしまいます。

もしその先が見たければ、勉強をして次々と自分の世界を創り続け、自分の心身を育てていかなければなりません。

勉強とは、教科書をマスターすることではないのです。

ママパパが現在に至るまでに創りあげてきたきた自分自身こそ、さまざまな勉強の果てに得たものだということを話し合ってみてはいかがでしょうか。

  • 2020.1.12
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